横浜に戻った翌週、家族3人でこども医療センターに行きました。
平日なので主くんは仕事に行こうとしていましたが、さすがに大事な話になると思い会社を休んでもらいました。
(お願いしないと会社を休んでくれないあたり、主くんの問題意識の低さが露呈)
もう、即、診断つきましたね。
今までの小児科医の気付かなさは何だったんだってくらい簡単に。
そりゃ専門医だから当たり前なんだけどね。
先天性無虹彩症という疾患で、目の茶色の部分がほとんどないこと。
そのため眼振が出ており、黄斑も低形成なので視力の発達は期待できないこと。
腎臓の腫瘍が発症しやすいこと。
私たちは晴眼なので遺伝の可能性は低いが遺伝の場合もあること。
上記により泌尿器科と遺伝科の受診が必要だということ。
私は医療者なのである程度冷静に話が聞けましたが、主くんは頭が真っ白で先生に何にも質問できなかったし、話の内容もあまり覚えてませんでしたね。
でもさすがに帰って泣きました。
診断がついたことは大きな安心材料でもあったけど、先生の言っていた腫瘍はウィルムス腫瘍という癌だということなど、調べれば調べるほど落ち込む情報が多くて・・
知り合いのいない一人ぼっちの横浜で、消化しきれないほどの思いにおぼれそうでした。
相談相手がいないことはつらーいことだけど、横浜に住んでいたことは幸運でした。
札幌よりはるかに大きな都市なので症例が多いこと、市内ですぐに診断がつき、泌尿器科も遺伝科も同じ病院で受診できたこと。
だって首が座ったばかりの乳児連れて東京まで行って1日がかりで受診して・・・なんて土地勘のない新米ママには酷すぎるもの😖
現在の私が大きな不安につぶされることもなくちぃと楽しく過ごせているのは、横浜で過ごした4年半の宝物(友達や情報)のおかげ。
転勤せずずーっと札幌にいたら早期教育も無理だろうし、同じ疾患のお友達もいなくて八方ふさがりだったろうなぁ。
ちなみに札幌に戻って2年半、いまだに同じ疾患どころか弱視の友達すらいません・・
人口数の問題よりは受け皿とか施設や機関のつながりとかの問題だよね。
ほんっと横浜でよかった。