無虹彩で弱視の娘のこと

先天性無虹彩症の娘の備忘録的成長記

宿泊学習

中2のうちで一番大きな行事は宿泊学習。

1泊2日で札幌近郊をプラプラする。

今年は農業体験と水族館見学に小樽散策。

行事としても大きいけど、普段の学校生活とは全然違うからちぃの困る場面も多い。

 

小樽散策は去年の校外学習(市内散策)があるから本人もなんとなくわかるだろうし、徒歩移動だから乗り物への乗り方の心配はない。

 

まずは先生に確認と相談だ。

一番起こりそうなことと言えば

 

【ビュッフェ問題】

今回も食事はやはりビュッフェだった。

しかも夕と朝の2食。

先生にいかにビュッフェが難しい(ほぼムリ)かを、経験談で伝える。

 

blog.hatena.ne.jp

 

 

あとは夜間の視認が難易度高いので懐中電灯持参の許可をもらう。

大浴場も初見だと不安なので、近いウチにちぃと日帰り入浴という名の下見に行こうかと話していることも伝えた。

 

そして今年も大活躍の❰弱視あるあるメモ❱

同じバスがたくさん並んでいたら区別つかないとか、車窓は楽しめないとか、過去の弱視児の経験から通級の先生が校外学習のあるあるをまとめてくれたもの。

これを担任に渡して読んでもらう。

 

今回はそれがとても好評で学年で共有してくれるような話をしていた。

作成してくれた通級の先生に感謝。

 

あとはちぃのグループはトンボ玉なるものを製作するらしい。

高温でガラスを溶かすアレだ。

見えにくい距離、やけどのリスクもあるから心配だったけど、担任の先生がフォローに入ってくれることがわかった。

ありがとう、先生。

 

農作業は田植えらしいからそこまで難しいことはなさそうだ。

 

ちぃは宿泊学習が近くなり、色々な先生に話しかけられたことを嬉しそうに言っていた。

養護教諭にはビュッフェはみんなより先に選びに行こうと誘ってもらい、去年の学年主任の先生には遮光メガネを持っていくのか聞かれたと。

本当に全体で見守ってもらっている感が強い。なんなんだこの学校(圧倒的感謝)

 

結局事前に日帰り入浴に行くことはできなかったけど、無事に宿泊学習が終わった。

お土産話もたくさん聞けたからすごく楽しかったんだろうな。

 

ただ、ちぃが何事もなくニコニコで帰ったきたことの裏には通級含め先生方の情報の共有と対応、クラスメイトのフォローがある。

 

ありがたいのはもちろんだけど、ちぃから困りそうな場面に気づいて自分から相談できるようになってほしいので、来年の修学旅行にはそこを期待しよう。

やっぱりメガネを壊した話

ちぃがメガネを掛けはじめたのは2歳。

思えば何度壊したことだろう。

部分的な部品交換で済んだこともあれば買い替えが必要になり数万円の出費に嘆いたこともあった。

金額が痛いのはもちろんのこと、完成まで1週間かかるからその間まぶしさをもろにくらうなんてこともあった。

 

補助具(単眼鏡・遮光調光メガネ)は高いし、取り寄せとかですぐに手に入らないこともあるから慎重に扱うようには言った。

 

何度も言った。

 

でも家のなかでも踏みそうな場所に置いてたり(正確には置いた場所から落ちてることに気づいていない)、学校ではメガネを外したときはポケットに入れている。もちろんケースになんて入れてはいない。

 

そして壊すと隠蔽する。

 

使いにくければ自分が困る、いつバレようが自分の扱い方に問題があって壊れたなら遅かれ早かれ怒られる。

そして隠している間、壊れた補助具を使う(または使えずにいる)ので色々と不便。

つまり隠す理由は皆無。

 

これがちぃに伝わらないんだよなあ。

だからいつまでもつぶれた鼻当てのままメガネを使い続けるとかおかしなことになっている。(ちなみにこれも良くないからがっつりつぶれる前に来るようにメガネ屋さんにも言われている)

 

小5くらいのときに、最近家でメガネ外していること多くなったなー、まぁ室内じゃ遮光も必要ないしと気にもとめてなかったが、それは壊れたメガネを隠すためだったなんてこともあった。

 

小6のときにはバスケで顔にボールをくらって眼鏡を破壊した。

 

だから中学生になってからは柔道や屋内競技はメガネを外せと言った。

 

それなのに。

あぁ、それなのに。

 

ある日、先生から電話が入った。

ちぃが球技でメガネ壊しました、と。

 

まずは確認。

それって屋外ですか?

答えは否。

 

はぁ?

 

バレーボールを使った授業だったらしいが、ちぃはメガネを外していなかった。

本当に懲りないヤツだ。

 

電話をくれたのは体育の先生。

言い訳もせず謝罪された。

小学校のときは、言い訳とも聞こえる説明を並べる先生の対応にイラっとしたことが何度かあった。

 

だから普通に謝罪してくれた体育の先生の好感度はそれだけで爆上がり。

 

それになんたってちぃが懲りずに室内の体育、それも球技でメガネを外さずに参加してるんだからもう手におえない。

先生にはバスケで過去にもメガネを壊したことや、度の入ってないメガネで遮光目的なので室内でライトが眩しくなければ掛ける必要がないこと、ちぃには球技などは屋内ならメガネを外せと言ってあることを伝えた。

 

今後は先生が授業によってはちぃがメガネを外していなければ声をかけてくれることになった。

 

・・申し訳ない。

 

小学校のときだってそんなことまで配慮してもらってないのに。

中学生なんだからそれくらい自分でどうにかしろよ!

先生の仕事増やしてんじゃねーよ!

 

と思うがちぃの前ではそれは出さない。

とりあえずケガがなくてよし。

怒るよりは呆れる体でちぃには対応してすぐ富士メガネへ。

 

クラスメイトが取れた部品を拾ってくれていたおかげで無料で修理してもらえた。

まる1日メガネを預けることになったけど、ちぃは翌朝ちゃっかり去年まで使っていたメガネを引っ張り出して掛けていたから不便なく過ごした。

 

・・あと何回学校でメガネを壊すんだろう。

 

 

春の変化

3月といえば教職員の異動の時期。

 

入学前年に初めて中学校に相談に行ったときに対応してくれた(確か主任の)先生は、ちぃが入学すると教頭先生になってちぃを迎えてくれた。

 

ちぃの担任の先生は入学時の挨拶の時にここの中学校8年目と言っていた。

来年いなそうな先生が担任なのかと正直がっかりした記憶がある。

ちぃには長く見守ってくれる存在が必要だと思っているから。

 

そしてこの春、そんな素敵な先生が2人ともいなくなってしまった。

 

どちらの先生も親身に対応してもらって、お願いしていないことまで配慮してくれていたこともあった。

 

しかも的確にちぃのためになる配慮。

 

これって実は難しい。

 

ちぃは何が不便でどのように困っているかを訴えてくることはまずない。

だから、どんなサポートが必要かわからない。

なのに予想外の配慮で嬉しくて泣きそうになったこともあった。

 

だからいなくなることを知ってかなりショックだったのに、さらに追い討ちが。

 

通級の先生も異動になってしまった。

ちぃがお世話になったのはたった1年間。

通級は信頼関係が特に大切だから、短いスパンで異動にならないように教育委員会への要望として伝えていたからちょっとびっくり。

5年での異動なので短くはないのかもしれないけど。

 

中学の通級は10回もなかったと考えるとかなり短いお付き合いではあったけど、入学前の中学校への個別相談に同席してもらい、通級の担当目線で学区の先生に説明してもらってありがたかった。

こないだも今後について話したばかりだったのにな。

 

そんな別ればかりの春だけど、入学直前に面談してくれた先生は異動にはならなかったからありがたい。

直接の関わりは少なかったけど1年生の担当ではあったので、見かけると声を掛けてくれたり、見守ってもらっていた。

 

思えば小学校のときはちぃが卒業するまでは担任になった全ての先生には異動してほしくなかった。(ありえないのは重々承知)

担任が変わったときには、前担任とその都度相談したりしてほしかったから。

ちぃを担任ひとりでサポートするんじゃなくて、相談相手や経験者がいたほうが新しい担任も安心するだろうし。

だから学校にはそれを伝えて、可能なら着任してかなり年数の経ってそうな先生ではなく、ちぃの担任が終わっても学校に残りそうな方が担任になってほしいと希望した。

 

結果的には1年生のときの担任はちぃが卒業するまで学校にいてくれた。

そして実際に4年生の時の担任は前任2人がいて心強かったと言っていた。

前任2人(50代)は4年生の時の担任(30代)よりかなり年上だけど、以前同じ係?になったことがあって相談しやすいとも言っていたので、先生間でも繋がりがあると安心するだろうなーというのは感じた。

 

ただ、中学校に入ってからは同じ先生とじっくりと、よりは色々な先生と関わってほしいと思うようになった。

小学校に比べて関わる先生の数が増えるということもあるし、少しでも多くの先生にちぃを知ってほしいとか、弱視の生徒に関心を持ってほしいということもある。

ちょっとずつちぃの世界を広げて行く感じ。

 

冒頭の方で長く見守ってくれる存在が必要とは言ったものの、小学校と中学校では私の考えも変わってきた。

今はクラス替えも含め、変化もちぃの成長には大切だと思っているから。

 

中学校の先生は若い先生が多いから、2年生の1年はまた今までとは違う感じになりそう。

 

ウチの前の桜は今日が満開🌸

 

春の変化は新しい出会いも多いから楽しんでほしいな。

お世話してもらって当たり前?

子育ては難しいとあらためて感じた話。

 

以前のブログにも書いたけど、ちぃには視覚支援学校に行くという選択肢はほぼなかった。

眼科の先生や視覚支援学校の教育相談の先生が通級を勧めてくれたということもある。

 

だけど一番大きいのは、自立できない子になってしまうことが心配だったから。

 

と書くと誤解を招きそうだけど、視覚支援学校に行くとみんな自立できないというわけではない。

何(どこ)にでも、合うキャラ、合わないキャラがあると思っていて、ちぃの自主性のない感じ(常に様子を見る・待っている)から、手厚いサポートにどっぷりつかると何にもしない・できない子が出来上がる自信しかなかった。

 

これは自分のことを振り返ったときに、私に似たらヤバい、と思っていたことも関係している。

 

ちぃは昔の私のように当たり前ではないことを当たり前と考えている節がある。

自分がやらなくても誰かがやってくれる、自分が言い出さなくても誰かが気づいてくれる、そもそもその事実にも気づいてないのか全く考えが及ばないのか。

ちなみに私は協調性皆無だし、友だち以外の人に思いやりの気持ちを持ち合わせない人間だったから、小さな優しさには気づかずなーんにも考えていなかった。

そんな私の娘が手厚い学校に行くなんて恐ろしかった。

 

そしてちぃが13歳の現在、視覚支援学校に行ってなくて本当に良かったと思う事態になっている。

いや、ひょっとしたら視覚支援学校に行っていれば、全盲や重複障がいなど自分よりはるかに不便に囲まれている人たちに出会ってホスピタリティ的精神が育つ可能性だってなくはない。

でもどうしても私の子という壁?、ちぃのキャラを考えると、周りの児童・生徒のサポートをするのは先生の仕事、と捉えて周りの子が困っているのを察しても見向きもしなそうだと思える。(本当に昔の自分の薄情さを思い出してうんざりする)

 

そして妹りぃのキャラもまたちぃには好都合であり、私の悩みの種でもあった。

 

いつも周りを俯瞰で見ているりぃ。

私が両手に荷物を抱えていると、ドアを開けてくれる。

足の遅い子が鬼ごっこの鬼をずっとやっていることに気づき、さりげなくつかまり自分が鬼になる。

ちぃが辞典を引きたくて困っている(文字が小さすぎて調べることそのものが大変)と頼まれてもいないのに代わりに辞典を引く。

 

助かるんだよ、ありがたいんだよ、でもちぃにそれをやるのは違うんだ。

ちぃが魚を欲しがったときは釣った魚をあげるんじゃなくて、魚の釣り方を教えて見守るんだ。

りぃは魚を釣って、生魚が嫌いなちぃのために調理までするレベルでお世話することがある。

 

でも今のりぃに見守りの重要性を理解してもらうのは難しいし、伝え方を間違えるとりぃの優しい気持ちまで壊してしまいそうで。

 

結果ちぃはことあるごとに妹をこき使っている。

お菓子ないのー?(何か出せ)

どこー?(探して)

私がやらないとならないの?(誰かやれや)

 

これらを下僕のように当たり前にこなし、お菓子を運んだり、パンを焼いたり、探し物を手伝うりぃ。

 

家でこうなのは最悪許すとして、学校含む外界で生きていくためにはこれじゃあ困るんだよなー。

 

ちぃのことを振り返って考えると間違いなく成長している。

なるべくそれを認めて伝えたい。

≪褒められたら伸びるタイプ≫と自認しているちぃをたくさん褒めたい。

ただ、自立することをゴールにする場合、スモールステップとしてどこを目指せばいいのか。

 

母の迷走(と昔の自分に対しての反省と後悔)はやっぱり続く。

 

 

母のささやかな抵抗

前回、過剰な補助具なのか、必要なんだけど周囲の目を気にしているのかわからないという話をした。

 

が、母の気持ちとしては便利な補助具は使ってほしい、それで晴眼の生徒と同じ授業やテスト時間でついていけるならそれに越したことはないと思ってしまう。

現状私の見立てでは読み込みに時間がかかってテスト時間が足りてない感じがあるから、余計に見やすい、使いやすい物を取り入れてほしい。

 

通級だって春になれば残り2年しかない、高校に入れば弱視に詳しい先生のサポートは受けられないから、今のうちに甘えて(言葉は悪いけど)通級の先生を使い倒してほしいとすら思っている。

 

おっと、話がズレてしまった。

要するに明らかにみんなと違うものを使うことに抵抗があるんだよね?

ということで、ちぃが気づいてないけどみんなとはビミョーに違う便利アイテムをぶっ込む。

 

今回のアイテムはー?

 

シャープペンシルー!

 

中学校になるとようやく鉛筆から卒業できる。(小学校はシャーペン禁止)

ちぃは知らない。

シャーペンには0.5を基本に芯の太さが選べることを。

鉛筆同様色の濃さを選べることを。

 

いや、知っているかもしれない。

でもたくさん陳列した商品の中から特定の太さや濃さを選ぶことはちぃにはかなり難しい。

 

だから私が率先していくつかの商品を見せて、その中から決めて購入した。(違いがわかりにくい商品はたいていこの買い方)

 

本当は芯の太さが0.7か0.9が良かったけど、そうなると色やデザインが限られる(大きいサイズのブラはかわいくない理論)

だからやむなく芯の太さは諦めて、芯の硬さ(濃さ)で勝負だ!

 

それとちぃは消ゴムをよく失くす。

落とした物を探すのは苦手だし、探すことを周りに依頼できないせいもあるんだろう。

 

 

そこで私のお気に入りアイテムの登場だ。

 

モノグラフー!

 

これはトンボ鉛筆で作っているシャーペンにモノ消しが一体化した一品。

 

私が小さい頃はシャーペンのお尻には消えにくい消ゴムしかついていなかった。

今はモノ消しがついているなんて、なんていい時代なんだ(感嘆)

 

ちぃにモノグラフを見せると喜んだから今はスヌーピーのモノグラフを使って勉強している。

ただ、やっぱりキャラクターコラボのモノグラフは0.5しかない。

 

モノグラフを買ってすぐ、HBと2Bを比較して2Bが使いやすいとのことで初めからやや濃いめの芯を使っていた。

ちぃはHBが主流ということは知らないかもしれない。(私はH派だった)

 

そして最近ちぃに替芯が無くなったと言われてなに食わぬ顔で3Bの替芯を買った。

 

 

と、思いきやすぐに「これ3Bだって。私使ってるの2Bだよ。」と指摘が入った。

文房具店ではなくスーパーで買ったせいで品揃えが少なく、ケースにでかでかと3Bと書いてある商品だったから気づいたかぁ。

 

 

まぁ使ってくれるようだからいっか。

 

ちなみにモノグラフ使用後は消ゴムを失くしたなんてことはなくて、ちぃ向きの商品だなーとつくづく思う。

 

今回はシャーペンの話だったけど、今までも目盛りが見やすい黒の定規(しかも端に余計な遊び?がなくて角?端?が0mmのやつ)や、芯先が見えやすいコンパスなど、通級の先生にアドバイスをもらいながら、みんなと同じながらも少しでもちぃに使いやすい文房具を買ってきた。

 

あとは本当はノートもみんなと同じじゃなくていいから自分の読みやすいサイズの字を書いてほしいけどねー。

調べたらA罫(7mm)、B罫(6mm)のほかにU罫( 8mm)、UL罫(10mm)もあるらしい。

 

こうして、みんなとほぼ同じだけど使いやすそうな商品を探す母の日々は続く。

 

 

 

過剰な補助具?

通級の先生から聞いていた。

中学生になると今まで以上に補助具を使いたがらなくなるってことを。

これは周りと自分の比較とか、他者からみた自分みたいなところを意識するようになるからだと思う。

 

盲学校の先生から聞いたのは、単眼鏡を使っていた弱視児(確か小4くらい)が友だちにそれを指摘されたことをきっかけに単眼鏡の使用をやめたこと。

結局その子は学生時代、ずっと単眼鏡を使わなかったらしい。

そうだよね、みんなと違うってのは周りに興味を持たれたり、嫌がられたり色んなことがある。

友達にとっては何気ない質問でも、本人にとってはダメージを受けることってあるあるだったりする。

単眼鏡を使わないことが不便だとしても、何も言われない(いじられない)ほうが精神的に楽だと思うのもわかる。

 

ちぃの今現在日常的に使ってる補助具は、遮光調光眼鏡と単眼鏡。

学校で許可をもらっているデイジー教科書とWebカメラは一度も使っていない。

聞けば2学期から使ってみようと思っている、なーんて言ってたけどその兆しはない(すでに冬休み)

 

私からしてみたらみんなと同じページ数で目的の箇所も探しやすく、見たいサイズに自在に操れるデイジー教科書なんて絶対使いこなしたいけどね。

通学で重い拡大教科書を持ち歩くのも大変だし。

 

単眼鏡を使っての板書だって追いついてるか不明で(聞けばうん、まぁ大丈夫、とあやふやな返事)、Webカメラがあればいちいち単眼鏡を覗く手間がなく板書できる。

デメリットとしてはデイジー教科書とWebカメラを同時に使うことができないことくらい。(どっちもChromebookだから切り替えが手間)

 

これらを使わない理由が≪みんなと同じ≫を望んでいるからなのか、「そこまで大がかりな・・」的な面倒な感じなのかわからない。

聞いても教えてくれない。

だからこれが過剰な補助具なのか、思春期的な問題なのか未だにわからない。

 

たぶん、ちぃに聞いてもそれが過剰な支援なのか、使った方が便利なのはわかっているけど、という気持ちの問題なのかわからないと思う。

 

だからこそ試せるときに試してほしいんだけど。

通級の先生がいて色々相談できたり、試したりできるのは中学までだって理解してほしい。

 

結局補助具が過剰なのかどうかは後から振り返ったときにわかるのかなぁ?

自分のことを話したがらないちぃだから、その答えを私が知ることはないのかもしれない。

夜と弱視と高齢者

自分も年を重ねて見えにくさを実感することが増えてきた。

老眼鏡はまだ使ってないけど、手元のものを見るときは絶妙な距離感が必要になってきた。

 

そんな老化しつつある自分だからこそ新しい危険に気づく。

それが夜の運転。

夜に運転するのは滅多にないせいか、本当に見えにくい。

昔は深夜に家を出て運転することも多々あったし、苦もなくできたのになぁ。

 

今じゃ夜に運転したくないし、それが雨の日ならなおさら。

雨と夜のダブルコンボは本当に見えにくくてこわい。

 

夜間は特に歩行者や自転車の人々をしっかり視認することが重要だけど、秋冬のようにみんながダーク寄りの服装をしている場合がホントきつい。

 

信号のない場所を横断する人や、中央分離帯に人影が見えるとこわくてしょうがない。

だから車は早めの点灯、歩行者は視認しやすい服装など、お互いが目につきやすいようにアピールすることが大切だと痛感した。

 

それを意識できて実行している人たちに出会うと嬉しくなるのも、自分が心身ともに老化つつあるからだと感じる。

夜にリフレクターを付けて走っているランナーを見ると無条件にステキと思ってしまう。

ペットの首輪にライトをつけているのもすごく助かる。

そして真っ黒な服装で信号の無いところをゆっくり横断する高齢者を見て悲しくなる。

 

運転手も歩行者も高齢者(うっかりが増える世代)ばかりになりつつある今、安全について自分なりに考えて行動しないとね。

 

最近になって運転中の見えにくさを痛感している私も、ちぃには小さい頃から少しでも存在をアピールできるようにリフレクターを付けている。

 

元々子どもの服や靴、カバンはリフレクター付きが多いけど、それじゃ不安だから習い事のカバンなどちぃが持ち歩く物にはリフレクターをつけている。

 

リフレクターはいくつ付けても付けすぎにはならないと自分に言い聞かせて、ちぃの持ち物にはこれでもかとリフレクターをつけまくっている。

 

冬に黒のアウターを欲しがったときには、いかに周りから見えにくいかをちぃに力説した。

 

冬の本当に暗いところでは懐中電灯を使って歩くこともあるから周りからも見えやすいけど、それって常に下を向いて歩いているってことで周囲の状況まで気が回らない。

自分が気をつけてるだけで事故が防げたらいいけど、実際は疲れていたり焦っていたり、色んな状態で運転してる人がいるもんね。

 

ちぃには高学年になるまで日常では夜道を歩かせていなかったから、冬の部活後の下校や習い事に通うのは今でも帰ってくるまで毎回落ち着かない。

 

1人で夜に出かける経験も必要だし、安全運転の車ばかりじゃないことも理解してほしいし難しいなぁ。

私も気を引き締めて安全運転だ。